葉酸摂取の重要性について
医療法人愛和会 愛和病院 産婦人科医・医学博士 山田 卓博(たくひろ)医師
国立浜松医科大学医学科卒
産婦人科クリニックに勤務しながら、精力的に妊活セミナーを実施。
セミナー参加者の満足度は98%以上に達している。
産婦人科専門医の山田卓博です。
前回は「正しいタイミング法」について説明をしましたが、今回は“葉酸”についてコラムを書きました。
葉酸はビタミンB群の水溶性ビタミンの1種で、字のごとく、緑黄色野菜から摂取できます。人間が体内で合成することはできず、また貯めておくこともできないため、毎日摂取する必要があります。
妊娠における葉酸の役割については、すでにインターネット上の様々なサイトで説明をされています。それでも、あえてこの“葉酸”についてのコラムを書こうと思った理由があります。
私は普段、不妊外来で患者さんの診察をするとともに、産科外来で妊婦さんを診察したり、分娩に対応したりもしています。
先日、ある妊婦さんからこのような質問を受けました。
「私、そろそろ葉酸を摂ってもいいでしょうか?」
どう答えれば良いのか、少し困るのですが、このような質問に出くわすことは少なくありません。
この状況の何が問題なのか、みなさんはわかりますか?
結論を先に言いますと、
この妊婦さんは、妊娠に関して葉酸が何かしら重要であるということは知りながらも、
残念ながら「妊娠前3ヶ月間の葉酸摂取が重要である」というところまでは知らなかった、ということです。
葉酸は妊娠中も重要な栄養素であるため、妊娠中に葉酸サプリを摂ることもまた薦められることではありますが、この妊婦さんは葉酸による先天異常の低下を期待しており、それには妊娠前の摂取が重要なのです。
これは、この妊婦さんが悪いのではなく、これまでにきちんと情報提供をしてこなかった行政や私たち産婦人科医に責任があります。
葉酸摂取に関する歴史的背景
1980年代: 葉酸摂取が先天異常の発生率を低下することが多数の大規模な研究で認められる
1992年: 米国と英国で国の健康政策として葉酸摂取を推進。その後、オランダ、ニュージーランド、ノルウェー、南アメリカ、カナダ、オーストラリアが追随
1998年: 米国ではシリアルなどの穀類製品に葉酸添加することが義務化
現在では、世界では穀類製品に葉酸を添加している国が約80カ国に及び、これは全国民に葉酸サプリを摂取させていることと同じになります。
日本で言えば、“お米を販売する際には葉酸を添加する”ということになるのでしょう。
ここまでするのは、葉酸不足が妊娠中の先天異常だけでなく、脳梗塞、心筋梗塞、認知症、がんの発生などとの関連が報告されている、重要な栄養素であるからです。
現在、サプリメント類が数多く存在する中で、医学的に有効性が実証されているものはごくわずかですが、中でも葉酸サプリのように世界的に大規模な研究によって(最高の根拠レベルで)有効性が実証されているものは他にありません。
妊娠前3ヶ月間にサプリメントによって1日400μgの葉酸を摂取することで、神経管閉鎖障害の発症リスクを低減することができる。
世界的に実践されている重要な情報を、日本に住む妊婦さんたちが十分に知らされていない、このことが大きな問題であると日々の外来診療の中で痛感しており、みなさんにお伝えしたいことになります。
併せてお伝えしたいことは、
神経管閉鎖障害の原因は多因子による複合的なもの
つまり、葉酸摂取をしても完全に予防できるものではなく、また神経管閉鎖障害の赤ちゃんが生まれた時、必ずしも葉酸欠乏が原因とは限らない、ということです。
日頃からの食生活、健康管理の重要性
サプリメントはあくまで補助であり、日々の食生活による栄養摂取が最も重要です。また妊娠中の禁煙、禁酒なども非常に重要です。
合成葉酸摂取量の上限
神経管閉鎖障害の発症リスク低減には、食事からの葉酸摂取に加えて、サプリメントから1日400μgの葉酸摂取することが推奨されていますが、葉酸摂取量は1日当たり1000μgを超えるべきではないとされています。ただし、神経管閉鎖障害の児の妊娠歴のある女性や、抗てんかん薬を内服する女性などはその限りではなく、医師の管理下でより高用量の葉酸摂取が必要とされます。
神経管閉鎖障害とは
二分脊椎:本来なら脊椎の管の中にある脊髄が外に出ている状態
開放性か潜在性かに分けられ、症状の程度も個人差が大きい。発生部位から下の運動障害、知覚障害を起こし、膀胱・直腸障害、水頭症、けいれん、発達障害などを併発する。
無脳症:大脳が無い、または縮小している状態
流産、死産、高度障害が出現。
無脳症がエコー検査で確実に診断可能となるのは、妊娠10週以降(多くが妊娠4ヶ月目くらい)になります。
無脳症は、脳幹も欠損している場合が多く、75%が死産となります。たとえ出産できても、生後1週間を迎えることが困難です。なかには1年以上生存した子も確認されています。
神経管閉鎖障害の頻度
近年、日本での発生率は1万人に5〜6人で推移しています。
あるサイトで「99.94%の確率で元気な赤ちゃんが生まれてくるわけだから、過度な心配は不要」との記載を見かけましたが、とんでもありません、実際には、この数字よりもずっと多くの神経管閉鎖障害が発生しています。
厚生労働省が取りまとめたこの数字には、生産(生きて産まれてくる)と死産を合わせた数が含まれますが、妊娠中絶はこれに含まれません。
もし、妊娠中におなかの子に障害があるという診断を受けたら、あなたはどうしますか?
生存率が非常に低い無脳症と診断された場合、母体の安全性から人工妊娠中絶を選択される方が少なくありません。現在の日本では、年間100万人の赤ちゃんが生まれてくる一方、様々な理由で20万件近い人工妊娠中絶が行われています。
神経管閉鎖障害に限らず、妊娠中期に胎児の先天異常を指摘もしくは疑われて、悩んだ挙句に妊娠中絶を選択する夫婦の苦悩する姿は何度も目にしています*。神経管閉鎖障害の場合、もし葉酸を摂取していたら防げたかもしれないと知ったら、その夫婦の後悔はどれほどでしょうか。
*本邦では、胎児適応の人工妊娠中絶は法的に認められていません。
1万人に5〜6人の発生率、という数値には、中絶したケースは含まれていません。
(妊娠中絶例も含めた)神経管閉鎖障害の正確な発生数は誰にもわかりませんが、日本二分脊椎研究会のセッション**では神経管閉鎖障害の総数は1万人に16.3人(約600人に1人)と推算しており、公式データのほぼ3倍の発生率になります。
**神経管閉鎖障害:発生率の推移と予防対策(日本二分脊椎研究会HP)
妊娠中も葉酸摂取が重要です
葉酸は、妊娠後もまた付加的に摂取することが推奨されています。
18歳以上の女性の葉酸摂取基準:240μg /日
これに加えて、
- 妊活中:+400μg /日
- 妊娠中:+240μg /日
- 授乳中:+100μg /日
厚生労働省 日本人の食事摂取基準(2015年版)より
ただし、高用量の葉酸摂取はビタミンB12欠乏の診断を困難にするだけでなく、悪影響(神経障害や児の喘息リスクの増加)も報告されているため、医師の管理下にある場合を除いて、摂取量は1日1000μgを超えるべきではないとされています。
天然型と合成型の違いは?
日本では、葉酸といえばモノグルタミン酸型の合成葉酸(folic acid)のことを指しますが、アメリカやヨーロッパでは天然型葉酸(folate)も使われています。天然型葉酸は、モノグルタミン酸型葉酸が代謝された形であり、この代謝に関わる酵素の遺伝子に変異を持っている人が日本人の約15%にいると言われ、天然型の方が体内での利用効率が良いとされています。ただ、日本では、天然型葉酸は新規食品添加物として登録されていないため、日本製のサプリメントとしては販売されておりません。
長くなりましたが、一人でも多くの方が幸せな出産を迎えられることを心より願っております。